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母と私 心が痛くなる思い出

 

小学四年生の誕生日の話だ。小学生の時、私の誕生日は我が家で誕生日パーティーを開いていて、何人かの女友達を呼んでケーキを食べるのが恒例だった。

 

その年は母にケーキを作ってもらう予定で、欲張りな私は母にチョコケーキとショートケーキの2種類を作って欲しいと駄々をこねた。母は仕方ないわね、と言いながらどこか嬉しそうだったのを覚えている。

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誕生日当日、ワクワクした気持ちで学校から帰ってくると2種類のケーキが用意されていて、子供ながらに興奮した。母が作ったことを言うと友達もすごい!と褒めてくれて、自分の母が誇らしかったし、母も嬉しそうにしていた。

だが、その時1番の親友が「私はショートケーキ嫌い、美味しくなさそう、チョコケーキにする、」と。その子は権力を持っていて、みんな嫌われるのを恐れていた。その瞬間、手のひらを返したように友達が次々と「私もチョコケーキがいい」「ショートケーキ美味しくなさそう」と言い出し、11人中9人がチョコケーキを食べることになった。母は「みんながショートケーキが嫌いなのは分かったけど、作った人の前でそう言うことは言っちゃダメよ」と優しく諭していた。普段通りだった。

 

しばらくして、先程友達に便乗した事を後悔していた私は優しい友達と母に謝りに台所に行った。

母は泣いていた。私たちに聞こえない様に嗚咽を抑えて、でも肩を震わせて。座り込んでいた。

それを見て、小さいながらに「この人を私はどれだけ傷付けたのだろう」とハッとした。手作りには食べる人の想像以上の想いが込められている。前日から作りかたを確認し、材料を揃え、昼からオーブンを使って2台のケーキを焼いて、飾り付けをし、家の中を綺麗にして娘と娘を祝ってくれる友達を待つ母の気持ちはどんなものだっただろう。そしてケーキを出した時の緊張。褒めてくれた時の、喜んだ顔を見た時の安堵、そして嬉しさ。19になってようやく分かった事だ。それなのに、全員に嫌いと、まずそうと言われてしまったケーキ。母の目にあのショートケーキは、私たちは、私は、どう写っていたのだろう。惨めだったか、滑稽に思えたか、悲しかったか。うまく言葉に出来ずもどかしくて、文字を打ちながら涙が出てきた。

これは私の人生で1番心が痛んだ瞬間だったし、今でも鮮明に、母が台所に体育座りになって泣いていた様子を覚えている。

 

翌日、残ったショートケーキを家族と私は大好きと言いながら完食した。母は嫌いなら食べなくていいよ、と言ってくれたし、私は正直言って生クリームが苦手だ。でも、食べずにはいられなかった。

込められた愛を小学生ながらに知ったから。罪悪感が凄かったから。母の手作りケーキを美味しそうに食べる私を見て、また嬉しそうに笑って欲しくて。

 

結局

母はそれからお菓子の手作りを億劫に思ってしまう様になった。昔はよく頻繁に作ってくれた人参ケーキも、今では誕生日の1週間前からしつこくねだって、ケーキの写真を撮らない約束を、SNSにアップしない約束をしないと作ってくれない。 

私は母の心に、消えないトラウマを作ってしまったのかもしれない。少なくとも、今でも母はあの時のことを覚えている。申し訳ない。息がつまる様な心苦しさを、涙が滲むほどの罪悪感を今でも持っている。

 

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だから、読み手の皆さんには手作りの食べ物をもらった時は嫌でも笑顔で受け取って欲しいのだ。人はこころを持っているし、手作りというのは貰う人からは考えられない程の準備や想いが詰まっていることが多く感じる。食べるのは一瞬だし、捨てるのも一瞬だ。だけど、その食べ物には多くの時間と、想いと、気持ちが詰まっている。勿論無理は禁物。でも、その人がどんな気持ちで作ったのか、好き嫌いのその先を知って欲しい。ただしストーカーからもらったなどの例外は除く。

皆さんの人生がこの記事を読んで少しでも充実したものになりますよう。

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